「だが、それにしても新撰組に居るとは驚いた。どう言った風の吹き回しじゃ?確かに剣術に秀でた集団であるとは聞いておるが」
「記憶が無い私を拾ってくれたんです。避孕藥 暖かくて真っ直ぐな良い人達ですよ」
桜司郎はそう言うと口角を上げた。暗闇の中だが、笑みを浮かべると存外女子のような男だなと永井は心の中で思う。それと同時に、幕府への出仕を蹴った男が、幕府側の藩の、それも浪士で結成された身元もよく分からない集団に属するとはどういうことなのだろうかと首を傾げた。
「神童の考えることは凡人の儂には今ひとつ分からん。だが、興味もある。京へ戻っても再会することもあるだろう。その時にまた話しを聞かせてくれ」
にい、と目に皺を刻むと永井は去っていく。 十二月上旬。陣笠を被った近藤は伊東と桜司郎を伴い、長州使節の居る本営へ出向いた。
部屋の中に入れるのは二名までと言われ、桜司郎は部屋の前の廊下で待機することになる。柱に寄りかかりながら、雪のちらつく空を見上げた。空も、庭も、吐く息も全てが白い世界である。
不意に何処ぞの寺から鐘が聞こえた。もうすぐ年末かと目を細める。去年の年越しは皆で大掃除を行い、餅をつき、初詣に行ったなと口元を緩めた。京の冬は驚くくらいに寒いが、その分火鉢や温石の有難みが増すというものである。
「早く帰りたいな……」
む手に息を吹き掛けながら、思わずそう呟いた。いきなり雪玉をぶつけてくる山野や、寒がりで雪だるまのように着込む馬越、寒さに便乗してお汁粉を食べに行きたいと言う沖田の姿が脳裏に浮かぶ。
その時、鋭い殺気混じりの視線を感じ廊下の先を見やった。すると背丈の高い男と目が合うが、ふいと男は顔を背けて立ち去っていく。
「あ……」
この場から離れる訳には行かず、桜司郎は踏み出そうとした足を引っ込めた。
「あれは、白岩……さん?」
久坂や入江へと斡旋されて以来だった。禁門の変に巻き込まれて命を落としていなかったことに安堵する。此処に居るということは、長州藩関連で働いているのだろうか。
それにしても、あの殺気は何だったのだろうかと警戒心が首をもたげた。
白岩らしき男が去った後を見詰めていると、スッと襖が開き近藤と伊東が出てきた。
「鈴木君、待たせたね」
どうだったのかと近藤を見遣れば、落胆したように眉を下げて首を横に振る。言葉にせずとも、結果が分かった。
そこへいつも通りに飄々とした伊東が桜司郎の横に立つ。
「鈴木君。何か熱心に見詰めていたようだけれど、珍しい物でもいたのですか?」
伊東のその質問に、桜司郎は少しだけ驚いた表情になった。よく人を観察していると感心する。
「え、ええ。白い──」
白岩のことを言おうとしたが、口を噤んだ。思い起こせば彼は隊を脱走した身である。言えば捕まり、処断されてしまうのではないか。
「白い、鶴が居たんです」
苦し紛れだったが、誤魔化しの言葉を並べた。だが、風流を愛する伊東は興味が惹かれたと言わんばかりに頷く。
「ほう……。鶴ですか。それは何と雅なんでしょうね。も見たかったですよ」
「残念ながらもう飛んで行ってしまいました。また見付けたら教えますね」
伊東と桜司郎は穏やかな会話を繰り広げているが、それとは反対に近藤は落胆の色を濃くする。深い溜息と共に白い霧が広がった。
帰路に着くも、断られて万策も尽きた悲しみからか、近藤は何処か上の空である。