『あ、あの。た、助けてくれて有難うございます』
『どう致しまして。君、安全期 その痣……コイツらにやられたのかい?』
その問い掛けに、宗次郎は着物の裾を握るとふるふると首を横へ振った。
『ふうん、何やら訳があるようだ。これも何かの縁だし、私に話してごらんよ』
若侍は川の土手へ宗次郎を誘うと、隣に座った。宗次郎はその勝太のような優しい口調に絆され、思いを全て話す。
『試衛館?それって何て云う流派なんだい?』
『……天然理心流、です』
『初めて聞いたな。……君のような思いをする子はこの世にごまんといるのだろうけど。分かった、少しその兄弟子達にお灸を据えてあげよう』
若侍は袖を捲ると、にっこりと微笑んだ。何をするのかと宗次郎が不安げにその袖を掴む。
『私は誰よりも強い剣客になりたいんだ。だから、その天然理心流とやらも気になるし、試衛館へ手合わせを挑むだけさ。無論、君の名は出さぬから気にしないでくれ』
そこへ、宗次郎と呼ぶ声が響いた。ハッと顔を上げ、立ち上がる。
『勝太先生!』
その数日後だった。宣言通りに若侍は試衛館へ手合わせを依頼しにやってくる。勝太は不在であったため、兄弟子達が相手をすることになる。その優しげな顔を甘く見た彼らは片っ端から地に伏す結果となった。
宗次郎はそれを柱の影から瞳を輝かせながら見詰めていた。やがて先日のように若侍と宗次郎は並んで土手で肩を並べて座る。
『本当にお強いんですねッ。良いなぁ、私もそうなれるかなぁ』
『毎日鍛錬をすれば、きっとなれるよ。剣術は才覚も大事だが、努力が何よりも肝だからね。折角、道場へ預けられたのだから、その環境を利用すれば良い』
若侍は微笑むと、宗次郎の頭を撫でた。その後も、宗次郎が心配だったのか、用事があったのか。何度も若侍と宗次郎はこのように会っていた。
それが続いたある日のこと。
『宗次郎君、私は旅に出ようと思うよ。日ノ本を歩いて回って、色々な猛者と手合わせをしたり、見識を深めたりしたいんだ。だから、君とは今日でお別れになる』
突然の別れの宣告だった。宗次郎は目の前が暗くなり、顔を歪める。
『またいつか会えるさ。……そうだ、良いものをあげよう』
若侍はそう言うと、懐から短刀を取り出してそれを差し出した。
『──という名の短刀だ。短刀とは守り刀なのさ。これは不思議な力を持つ妖刀でね、宗次郎君のことをきっと守ってくれるよ』
『不思議な力、ですか?』
『詳しくは私も知らないんだ。ここぞという時に抜いてごらん。抜かなくても良いように、鍛錬を重ねて欲しいけれどね』
そう言いながら、若侍は立ち上がる。そして大きく背伸びをした。宗次郎はその背に話し掛ける。
『あ、あのッ。どうして私にここまで良くしてくれるのですか』
『そうだな。私は巡り合わせを大切にしていてね。あのように出会ったのは必然だったと思うんだ。迷い子のような君の目に引かれたのかも知れないな。いつか、君も誰かに親切にしてあげてくれよ』
そう言うと、若侍は去っていった。宗次郎は寂しさに耐えながら手の中にある短刀を強く握りしめる──
「──先生、沖田先生」
肩が軽く揺さぶられ、沖田はハッと顔を上げた。滲む視界をこらすと目の前には桜司郎がいる。ふと、悪戯に若侍の輪郭が重なった。
「沖田先生、夕餉のお時間ですよ。……って、泣いていらっしゃるのですか?怖い夢でも見ました?」
そう言われ、沖田は目元に手を当てる。夢のせいだろうか、確かに涙が頬を伝っていた。
「……懐かしい、夢を見ていました。すみません、行きますね。先に行っていて下さい」
あの若侍とはあれきり会っていない。もはや顔も声もよく思い出せないが、息災だろうかと視線を落とした。
沖田は立ち上がると、葛籠へ短刀を戻す。
すると、桜司郎は部屋の前で立ち止まった。すっかり日が暮れているせいか、その表情は見えない。