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 木戸は悲しげな表情を浮かべると、腰を浮かせる。そう言えば、と隣の部屋の方向を見やった

 


「誰か客でも来ているのかい?」 避孕

 


「ああ。桜花じゃ。鈴木桜花……覚えちょるか?」

 


 その名を聞いて木戸は頷く。池田屋事変以来は一切顔を合わせていなかったため、忘れかけていた程だ。

 


 


「吉田君の女か……。何故彼女が此処へ?壬生狼で女中をやっているのではなかったのか」

 


「僕が志真へ命じて攫わせたんじゃ」

 


 志真、つまり白岩の本名を指す。木戸はさほど興味を示さないといった風に視線を廊下へ向けた。

 


 


「晋作はそのが気に入っているのか。手を出したら吉田君に恨まれるぞ」

 


 その言葉に高杉はキョトンとすると、くつくつと笑い始める。

 


「そうじゃないけえ。僕には妻もおうのもおる。ただ、時代の移りゆく様を見せちゃろうと思うたんじゃ」

 


 木戸は怪訝そうな表情で首を傾げた。何故それを桜花へ?と思いつつも口には出さない。高杉の考えは時々常軌を逸しているのだ。

 


 


「飼い犬に手を噛まれるようが無いように。彼女は未だに壬生狼へ与しているのだろう?間者のような真似をされたら厄介だぞ」

 


 釘を刺す木戸へ高杉は笑みを浮かべる。

 


「世話ァない。僕には人を見る目があるけえ。それは木戸さんがよう分かっちょるじゃろう。それにこの高杉がそねえなヘマをすると思っちょるんか?」

 


 深い意味など無い。ただ、近いうちに戦場ではなく病で死ぬと分かった瞬間、何かをしたいと思った。そんな時、ふと思い出したのが"桜花"だった。

 


 幼い頃に出会った旅人と同じ顔をした、不思議な雰囲気を持つ女子。神または天狗に隠された彼の者の目に、この時代はどう映っているのか気になって仕方が無かったのだ。

 


 


 木戸はフウ、と溜め息のようなものを吐くと置いていた刀を腰に差す。

 


「分かった。私は晋作を信用しているからね。……それでは、また来るよ。次は薩摩との同盟が決まったら……かな」

 


 そう言うと、今度こそ木戸は村塾を後にし、下関へと足を向けた。 やがて高杉とおうのによる手当の甲斐もあってか、年の瀬には桜司郎の容態は安定していた。ただ、激しく動けば傷は痛む。

 


 ただ寝ている間に体力や筋力がかなり落ちてしまったため、思うように身体が動かなかった。京へ帰ろうにも体力が無ければ帰れない上に、文を出すことすら高杉に止められている。とにかく怪我を早く治して、体力を付けなければいけなかった。

 


「痛ッ」

 


 斬られた背中は毎日冷水で洗い流してから、軟膏を擦り込む必要がある。それをおうのが手伝ってくれていた。

 


 おうのは高杉のである。正妻は別に居た。下関で芸妓をしていたところを高杉が見初め、したのだ。それ以来、行動の殆どを共にしている。その心中を察したかのように、高杉はポンと手を叩いた。

 


「ちなみに僕は君の裸なんて何度も見ちょるけえ。二年前も着替えさせたんは僕じゃったし、今回もそうじゃ」

 


「なッ……!」

 


 旦那様、とおうのが高杉の腕を触る。仮にも年頃の娘に対する言い草としては、あまりにも遠慮がないそれに、桜司郎は羞恥で顔がみるみる赤くなった。

 


「何じゃ、おうの。確か……、栄太の胸にも同じ紋があったんじゃ。まさか、揃いの墨を入れたんか?」

 


 高杉は揶揄うようにニヤニヤと笑みを浮かべる。だが、その言葉に桜司郎は真顔になった。同じ運命を持つ人物が他にいるのかと思い、思わず身を乗り出す。

 


「栄太さんってどなたです?何処にいるのですか?会わせて頂けませんか」

 


 


 この妖刀について知る人物に会いたいという思いがそこにはあった。

 高杉は驚いたような表情を浮かべた後、切なげに瞳を伏せる。

 


「吉田栄太郎……吉田稔麿じゃ。君の恋仲じゃろうて。……もう、この世には居らんがのう」

 


 


 

"吉田栄太郎"と、桜司郎は頭の中で繰り返した。しかし、どうしてもその人物のことは分からない。繰り返すほどに頭の中の