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は桜之丞じゃない。私は……桜之丞はもうこの世に居ないんだ」

 


 自身の腕を掴む高杉の手に、事後避孕藥副作用 もう片方の手を添える。すると、高杉の手はするりと解けてだらんと床に滑り落ちた。

 


 


「……君は随分と凛々しい侍になったものだ。初めて会った頃は、"あずき餅"と揶揄われてべそをかいていたというのに」

 


 寅次郎と出会い、萩から山口へ戻ろうとしたところ、元服前の幼き高杉とも出会っていたのだ。

 


は、見開かれた高杉の目元へそっと手を伸ばす。視界を隠すように宛てがえば、それに熱い雫が伝った。

 


 みるみるうちにしゃくり上げながら、高杉は肩を揺らす。

 


「……彼が生きていれば……君はこのように幕府を、世を憎むことも無かったろうな。だが、私が生きていても、彼を止めることが出来たかは分からぬよ」

 


「そねえな、ことは!」

 


「──人が人らしく生きようとするのを、どうして止めることが出来るのかい。現に君の行動を誰も止めることは出来なかっただろう?」

 


 


 そのように尋ねれば、高杉は言葉を詰まらせた。それを見た桜之丞は微笑む。そして懐から"留魂録"を取り出しては血に濡れぬように枕元へ置いた。

 


「君たちのような優秀な門下生が居て、寅次郎君が羨ましいや」

 


 子供じみた羨望の言葉を口にしてから、桜之丞は高杉の背と肩を支えて横たわらせる。

 


 


「お休み、晋作君。…………私のことを覚えていてくれて有難う」

 


 


 幼子をあやすように、肩をポンポンと優しく叩いた。そして枕元の桶から濡れた手拭いを取り出すと、顔や手に付いた血を拭う。すると、高杉は体力を使い果たしたのか、安心したのか、再び瞼を閉じる。

 


 


 それを見届けるなり、は眉を寄せた。一年前とここに来るまでに感じた違和感の正体はこれだったのかと米神に手を当てる。

 


 桜之丞は高杉やその師と関わりがあったのだ。

 


 


──恐らく、高杉さんは桜之丞へ何らかの恩と縁を感じていた。だから、私を何かと気にかけてくれたのですね。

 


 


 今更それに気付いてしまえば、寂しさが胸の中をすり抜ける。桜之丞の面影と、薄緑の力が無ければ今まで生きて来れなかったのだろう。

 虚しい気持ちを心の隅に抱えたまま数日が過ぎ、帰京する日がやってくる。

 


 多量の血を吐いた後から高杉は高熱を出し、とても起き上がることが出来ない状態となっていた。桜司郎はその枕元へ座ると、額に浮かべた玉のような汗を手拭いでそっと拭う。

 


 その刺激で高杉は虚ろな目を僅かに開けた。瞳は潤み、何処か焦点は合っていない。また夢と現が混在しているかもしれないと、桜司郎は寂しげに笑みを浮かべた。

 


 


 


「……高杉さん、私は京へ帰ります」

 


 


 どうかお大事に、と小さく呟くと立ち上がる。その返事は無かった。

 


 高杉の隣に居るおうのも見送ろうと腰を浮かせるが、桜司郎はそれを手で制する。

 


 


 思えばまともに言葉を交わせたのはたった一日だった。だが、桜司郎なりに高杉へ精一杯の恩を尽くすことが出来たと感じている。故に後悔はないのだ。胸の中に生じた蟠りを除いては。

 


 後ろ手で襖を閉めると、その場に佇みながら天井を見上げた。

 


「……これで、良いんだ」

 


 


 自分だけに聞こえるくらいの声量で呟く。だが、前に進むことが出来ずに立ち尽くした。

 


 その様子を見ていた志真は無言で式台へ向かうと、ガラリと大きな音を立てて戸を開ける。まるで出て行ったことを誰かに伝えようとしているようにも見えた。

 


 


 それを驚いたように見ていると、襖の向こうから話し声がすることに気付く。

 


 


「……おうの」

 


「はい」