「……良いんです。あれは私が望んだことですから」
「望んだって……。子宮腺肌症懷孕 五番組は武田先生だよ!何をされることか……!」
「全ては覚悟の上です。……どうか、理由は聞かないで下さい。今まで仲良くして下さって嬉しかったです。有難うございました」
馬越はそのように言い切ると、深々と頭を下げる。まるで出会った時のように、人を寄せ付けない雰囲気があった。
これまで築いて来た友情が無かったかのように振る舞う馬越が信じられないと、桜司郎は握った拳を震わせる。
「私、何かした?どうしていきなりそうなっちゃうの?」
西本願寺へ屯所を移した時、夕陽に包まれながら山野を含めた三人で歩いた日のことが鮮明に脳裏へ浮かんだ。
馬越は友情のためなら命を賭けられるといって泣いていた。あれは嘘では無いはずだと眉を顰める。
「ねえ、馬越君……」
何度も問い掛けるが、馬越は一言も答えなかった。頭を上げても、ただ困ったように微笑むだけである。
「馬越く──」
「御免なさい。もう話せることは有りません」
その言葉にはハッキリとした拒絶の色があった。それを聞いた桜司郎は目に薄らと涙を滲ませ、顔を歪める。
「……そっか。ごめんね、お節介だったよね」
そしてそのまま走り去った。
その背を見送りながら、馬越は拳を固める。背後にある幹が太い桜の樹を見やった。
「──私は、これで良かったんですよね。斎藤先生」 だが姿は何処にもなく、色々な隊士へ聞き込みを重ねる。
「馬越?あの色男の?そういや、壬生村の近くで見掛けたような……」
やっと有力な情報を得た桜司郎は、それを頼りに壬生へ向かい、やがて光縁寺の松原の墓の前に佇んでいる馬越を発見した。
「馬越君!」
桜司郎の声に反応した馬越はゆっくりと振り向く。その顔は何処か窶れているようにも見えた。
「鈴木さん……どうしました?」
「どうしたもこうしたも無いよ!五番組へ移動って……。副長へ言いに行こう、私も一緒に行くから」
そう言いながら馬越の腕を掴もうとする。だが、それは避けられた。
桜司郎は驚いたような顔で馬越を見やる。
対して馬越は口元へ薄い笑みを浮かべていた。 その声に反応したように、樹の裏から斎藤が現れる。
「……ああ。これが最善だと思う。だが……本当に良いのか?あんたが辛いだけだぞ」
「……構いません。私は私がどうなろうと、必ず成し遂げてみせます……」
そう呟く馬越の口調からはいつもの弱気は感じさせなかった。吹っ切れたような、清々しい表情さえしている。
接点が無さそうなこの二人が密会しているきっかけは、少し前に遡る──
松原の墓の前で蹲って涙を零す馬越を、山南の墓参りに来た斎藤が偶然発見した。松原の死後に多少関わりを持ったこともあってか、まだ引き摺っていることに不憫だと思った斎藤はそっと彼に近付いた。
だが。
『……忠さん。私はもう駄目です……。どうしようも無く、山野さんの事をお慕いしているんです……。ですがもう耐えきれない。苦しくて、仕方がなくて……ッ』
ほろりと目元から出た美しい雫が頬を伝う。
『武田先生を討てば……。私は、貴方への恩と彼らへの友情へ報いることが出来ますでしょうか……』
そう漏らした言葉がしっかりと斎藤の耳に入る。山野というのはいつも行動を共にしている色黒の男だったか、と驚いた拍子に、足元の砂利を踏み鳴らした。
しまった、と思った時には馬越は立ち上がってこちらを向いていた。サア、とみるみる顔を青くしている。