で品川沖を脱出し、仙台にやってくるはずである。
すくなくとも、子宮環 史実ではそうなっている。
「そして、榎本さんと二人で仙台城でおこなわれる軍議にでるんだな」
「はい。そこで、榎本艦長が副長を総督に推挙します」
「おいおい……」
副長がいいかけたところを、目線で制した。「副長がおっしゃりたいことはわかっています。すでに同盟している諸藩、代表である仙台藩からして、軍議がはじまるまえに恭順にかたむいています。そんな諸藩をまとめるまとめ役になったところで、なんの益にもなりません。ぶっちゃけ、すべての責任をおしつけられ、詰め腹をきらされることになるだけです。史実では、副長は総督をひきうけるにあたり、一つの条件をだします。それは、「一兵卒から重臣にいたるまで、すべての者の生殺与奪の権をあたえる」というものです」
「さすがはおれだ」
副長が自画自讃するものだから、斎藤と相棒と同時にふいてしまった。
にいたときには、副長は「勝ちたいのなら、それだけの覚悟をしてほしい」という強い思いをこめて、そのような条件を提示したのかと勝手に想像していました。ですが、実際に戦を経験しているいま、もちろんその思いもふくまれているのでしょう。ですが、それ以上に恭順にかたむいている奥羽列藩同盟の諸藩の尻をたたくためなのかな、と。つまり、副長がそのように条件をだすことで重臣たちを怒らせ、やる気をなくさせ、そうそうに恭順させたいのかなって。その上で、会津の擁護にまわってもらおうっていう意図があるのかと。もっともこれは、おれの思いもあるのかもしれません」
いまいったことは、本当である。
この状況のなか、副長が自分自身の地位や名誉を欲するとかはありえない。
まぁ、目立ちたいという願望はちょっとはあるかもしれないが。
それよりかは、会津や奥羽のことはとっととあきらめてつぎのステップにうつったほうがいい。
副長自身はおれからの情報があろうとなかろうと、この時点ですでに会津は敗れるであろうことがわかっている。だからといって、なにも見捨てるわけではない。
それならば、主力である旧幕府軍や新撰組ができるだけ会津からはなれ、敵の目と意識を自分たちにひきつけたほうがいい。
副長自身や旧幕府軍のことだけではない。
会津や奥羽列藩同盟の諸藩にも、とっととあきらめて恭順してもらいたい。
どうせかなわないのである。それならば、すこしでもはやくすべてに決着をつけるべきであろう。
それならば、副長自身が悪者になることで同盟者たちをはなれさせ、その上で武力ではなく口で会津の擁護にまわってもらったほうがいい。
武力で負けてしまってからでは、敵はなにごともききいれてはくれない。それよりも恭順したほうが、敵もきく耳をもってくれるはずである。
「さすがはおれだ。そこまでかんがえているのだからな」
副長は、またしても自画自讃する。
ってか、いまのっておれのかんがえなんすけど……。
「わかった。ドにかましてやろう。そのときが愉しみでならねぇ」
副長の頭のなかは、すでにそのときのド派手にかますその瞬間と、かまされた面々の驚きのでいっぱいになっているにちがいない。
「みてみたいものだな」
斎藤は、さわやかな笑みでいう。
ああ。おれもぜひともみてみたいよ。
「それにしても、榎本さんは、なにゆえ副長を推すのであろうな?」
そして、斎藤の素朴な疑問である。
史実では、榎本が副長を推したのは、副長が鳥羽・伏見の戦い等、いくつもの戦を経験しているという理由からであるらしい。
が、おれはそれ以上に、榎本の副長にたいする「愛」によるものではないのかと確信にちかいものがある。
これってば、邪推なのであろうか?
「副長の経験をかってのことらしいですよ」
一応、そう答えておいた。
「そのあとは本隊と合流し、で蝦夷へ渡るわけです。結局、奥羽諸藩は恭順することになります」
そして、そこでしめておいた。
丘の頂上にいたった。とはいえ、しょせん丘である。さほどたいした高さではない。おそらく、この丘も未来のの手によって造成されてしまい、商業施設とか住宅地などの一部になるのだろう。
相棒の尻尾が激しく動きはじめた。二十メートルほどはなれた木の下で、俊冬と俊春がいる。
「ったく、あいつらは働きすぎだな。会津侯を送ってから敵を物見し、おれに報告にきた。それで、話ならここでしようってことになってさきにきてるってわけだ」
副長の説明に、斎藤もおれもぶったまげた。
俊冬も俊春も一睡もしていないでしょう?
ストイックなんてレベルじゃない。労働基準法にひっかかるなんてレベルでもない。
これで二人が戦闘によるもの以外の原因でぽっくり死のうものなら、確実に民事で勝てるだろう。いや、たとえ敵に撃たれて死んだとしても、「あまりの激務につかれすぎて注意力が散漫になっていました」とか、「精神が病んでいて冷静な判断ができませんでした」とかいって、勝てそうな勢いである。