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「ほう・・・」


「ほう・・・」

 


 かれは、わかっているのかわかっていないのか。ぶっとい指を顎の下にそえ、感心している。

 


 ははは。かれは、肺癌篩查 犬が怖いらしい。おそるおそる、相棒をみおろしている。相棒は、結城が怖れていることをわかっている。ぎろりと睨み上げる。

 


「狼みたいな、犬ですな」

「ええ。狼の血が濃く入っております」

 


 ますます怯えている。

 ぷぷっ・・・。いじってしまう。いや、日頃やられているからではない。念の為。

 


「Watchhim. And if he tries to escape, bite him immediately.(かれをみはり、逃げようとしたら咬め)」

 


 英語の指示に、相棒はおれをみ、それからまた結城をみあげてニッと笑う。

 


 これで、結城は体内にICチップを埋め込まれ、つねに監視カメラでチェックされているのもおなじことである。

 


 そうとはしらず、結城軍監はクールな軍用犬を従え、意気揚々と天幕をでていった。

 


 その背をみ送りつつ、だれからともなく笑いだす。「近藤さん、じゃなかった。大久保さん、どうした?」

 


 永倉が局長にちかづくと、は浮かない表情である。

 


 原田と斎藤、島田や蟻通たちも心配げに注目する。

 


「いや、すまぬ。どうも嫌な予感がしてな・・・」

「局長っ!じゃなかった、隊長っ!」

 


 そのとき、馬フェチの安富が天幕に入ってきた。

 


 外は夜の帳がおりており、篝火がいくつか焚かれている。

 敵軍がちかいいま、盛大に火を焚くわけにもゆかず、数も火の勢いも控えている。それでも、今宵も月や星々がでている。フツーに動く分には、とくに問題はないであろう。

 


「馬の様子をみておりましたら、隊から抜けてゆく兵が・・・」

 


 この薄暗さを利用し、脱走者が続出いうわけか。

 


 想定内の出来事である。

 


「甲州勝沼の戦い」のウイキペディアによると、最終的には120名程度しか残らないのである。

 


「ちっ・・・。近藤さん。じゃなかった、大久保さん。気にする必要はない。手練れさえ残ってらあ、なんとかなる」

 


 原田が力説する。心中では、そうならないことを残念に思っているであろう。

 


「あ、ああ。そうだな」

 


 力なく応じる局長。

 


 この覇気のなさが、どうにもひっかかってしょうがない。

 


 組長たちと、さりげなくをかわす。

 


 だれもが、ひっかかっている。同時に、なんとしてでも、みなを無事に江戸へかえすということを、確認しあう。 夜の闇が深くなるにつれ、脱走者の数は増えてゆく。そして、大胆になってゆく。なかには、どこかで転売しようとでもいうのか、武器をネコババしてとんずらする者もいる。

 


 脱走だけでも懲罰もの。それは想定内だとしても、そのうえ武器をもってゆかれてはたまらない。交代で番をすることになった。

 


 こんなに不穏な空気のなか、KYきわまりない結城は、ござの上で高鼾。肌寒いのに、脂肪がカバーしてくれているのか。

 


 相棒は、そこから2、3mはなれた位置で伏せの姿勢になり、かれを監視している。

 


「なにをするっ!」

「かえしてやれっ」

 


 あーあ、またしても揉め事か?

 


 大石とその他大勢が、隊士二人を取り囲んでなにやらからかっている。

 


「お母上にいただいた懐刀だと?ご丁寧に、と彫ってある」

 


 ささやかな篝火のなか、見張りをさぼって、休息中の隊士にちょっかいをかけている。

 


「大石さん。それ、おれにくださいよ。爪を削るのに、ちょうどいい」

「おうっ!もってゆけ」

「かえしてください」

 


 加賀爪である。たしか、名は勝之進だったはず。「返してやってください、大石先生」

「おおっと、こいつは別嬪さんだ。みろよ」

 


 とめに入ろうとした隊士の掌から、大石はちいさな紙片らしきものをとりあげ、篝火にかざす。

「返してやってください、大石先生」

「おおっと、こいつは別嬪さんだ。みろよ」

 


 とめに入ろうとした隊士の掌から、大石はちいさな紙片らしきものをとりあげ、篝火にかざす。

 



「をみてみろ」

「おおっ、わたしがいただきます。これでせんずりすりゃぁいい」

「なんだと、貴様っ」

 


 上原である。逆上し、大石から写真を受け取った隊士に殴りかかろうと・・・。

 


「やめろっ!」

 


 永倉の怒鳴り声で、その場がしんとする。組長三人があらわれたものだから、大石とその