「相馬君、いいではないか。きみが陸軍奉行並に心から愛されている証拠なのだ。誠にもってうらやましいかぎりだよ」
「さよう。衛衣男 きみが疎ましいくらいだ。わたしも、陸軍奉行並から是非とも一発喰らいたいものだ」
「同意する。一発でも二発でも、愛のこもっている拳を喰らいたいものだ」
士官たちは、口々にいいだした。
なんだって?
マジか……?
「そうでしょう?主計は、歳さん、否、陸軍奉行並だけでなく、新撰組のみなから愛されていましてね。ここまで愛されている男はおらぬと、いつも羨んでしまうのです」
右隣に立っている伊庭が、心からそう思っているって感じでいった。
いや、不可思議すぎだろう?
ってか、この時代の人ってドMばっかなのか?
っていうか、この謎信念は旧幕府軍限定なのか?
「であろう?おれも愛しすぎちまって、もはや感情をおさえられぬ」
副長は、拳固に息を吹きかけながら興奮している。
シンプルにやめていただきたい。
これ以上の暴力には耐えられそうにない。このままだと、味方からの暴力に耐えきれず、敵に寝返らざるを得なくなる。
マジな話、である。
「副長、敵軍の夜営の状況です」
怯えきっているおれなどお構いなしに、「わが道爆走王」の俊冬が、積み重ねている木箱の上にひろげられている地図を指し示した。
「気遣いは無用だ。おれに権限はない。やりたいようにやってくれ」
副長は、そこは一応謙虚さを発揮するようである。
って、無心無心。
副長にめっちゃにらまれたので、てへぺろっておいた。
というわけで、一応副長もくわわってはいるが、口はいっさいさしはざまず、士官たちに任せるようである。
が、その士官たちも口を開くタイミングがない。
というのも、俊冬と俊春が口論をはじめたからである。
「きみがオペレーションしろといったんだよ。そのぼくのオペレーションが気に入らないんだったら、きみがすればいい」
「ここは、右から潰すべきだといっただけだ」
「きみの物見から判断したまでのこと。ぼくに任せるんだったら、きみはぼくの指示に従うべきだ。それができないのなら、きみがオペレーションすればいいだろう?そうすれば、ぼくが動く」
「わかった。わかったよ」
俊冬は、両腕をおおげさなほど振りおろした。
さすがはアメリカ生まれのアメリカ育ち。ジェスチャーがネイティブである。
その口論のあとは俊春が指揮権を握り、各隊の士官たちにてきぱき指示を送った。
そうして打ち合わせも終わり、いよいよ夜襲を開始することになった。
夜襲がはじまった。
敵も備えている。もちろん、応戦してくる。
逐一入ってくる情報をもとに、俊春は冷静に対処していく。
俊冬のような派手さはない。だが、確実に敵の小隊を潰してゆく。
その指揮ぶりは、俊冬と遜色がない。
俊冬が新撰組からしばらく離脱していたとき、俊春が実質指揮をしていたようなものである
そのどれもが完璧だった。漫画や小説といった創作上の作戦のパクリだとしても、かれの策が完璧であることにかわりはない。
ほとんどの隊が戻ってきた。
あと一隊である。
が、俊春は俊冬が物見の際に描いた敵の夜営地の図面を、苛立たしそうに指先で叩いている。
「どうしたんだ?なにをイラついている?」
副長とともに俊春に近づき、尋ねてみた。
その戻ってきていない一隊というのが、中島率いるの隊士たちなのである。
「どうもおかしいのです。不自然な空間が存在しています。もしかすると、にゃんこが見落としている一隊があるかもしれません」
かれが図をにらみつけたままつぶやいたタイミングで、中島らが駆け戻ってきた。
だれもが這う這うの体、という様子である。
相棒が最後である。
「相棒」
おれの呼びかけをスルーし、相棒は俊春の脚許に駆け寄った。
テレパシー、みたいなものなのだろうか?兎に角、はしばらく無言で見つめ合っている。
「副長、夜襲は成功です。このまま諸隊を率いて撤収していただけませんか?」
「たまはどうした?」
「残っています」
副長の問いに、俊春はたった一言で答えた。
「登、きいたであろう?ひきあげろ。おまえが指揮をとれ」
「いえ、副長。その、たまはわたしたちを返すため、単身……」
「中島先生、いいのです。ぼくの指揮に不備がありました。申し訳ありません。ぼくが対処します。ひきあげてください。副長もどうか……」
「登、いけ。おれも残る」
「副長っ」
「待たされるのが嫌なんだよ」
俊春の頭をなでながら、副長は穏やかにいった。
「五稜郭で無事を祈りつつ待つっていうのが嫌なんだ」
さらにいい募る。
副長は、俊春のことをどれだけ心配していただろうか。
そのことに、俊春自身気がついたらしい。