がまずは副長に、それから伊庭に、さらには俊冬と俊春に向けられ、最後におれへと巡ってきた。
「正直なところ、子宮環 かれらのことについての話は、信じていいのかどうかわかりません」
かれはそういいながら、おれから俊冬と俊春にを移した。それを、最終的には副長へ向け、そこにとどまった。
「ですが、八郎が死ぬということだけは信じます。土方さん。あなたにしろたまにしろ、いいかげんなことや虚言を申されるようには思えません」
人見は、そこで言葉をとめた。をほかへむけることはせず、しっかりと副長を見据えている。
ってか、人見まで俊冬のことをたまと呼んでいるが、もしかして俊冬が「たま」という名だと思いこんでいるのではなかろうか。
って、そこはいいか。
「わたしは、なにをすればいいのでしょうか。いかなることでも協力いたします。いっそ、八郎は松前に残したほうがいいのなら、そうします。否、そうしたほうがいいですよね」
人見は、いっきにいった。
よし。おれたちのことは兎も角、伊庭を救う手助けはしてくれるというわけだ。
これなら、伊庭のが助かる可能性が格段に上がる。
「恩にきる」
副長は、人見に頭をさげた。
そこまで伊庭のことがかわいいんだ。
ちょっとジェラシー、いや、うらやましい、いや、感動的だ。
「いえ。礼を申さねばならぬのはわたしのほうです。八郎になにかあったら、わたしはなにかと不便になります」
はい?
いま、なんていった?
フツー、こういうシチュエーションだったら『わたしは悲しい』とか『わたしは寂しい』とかじゃないのか?
『不便』ってきこえた気がしたのは、きっと錯覚か幻聴かだったんだろう。
「八郎がいなくなると、さきほどのように居眠りをしたら起こしてくれる者がいなくなります。戦に関していえば、作戦を立てたり指揮をとったりする者がいないので困ります。さらには、雑多な用事を要領よく的確にこなしてくれる者がいない。わたしは、かように不便なことは耐えられそうにありませぬ」
人見は、どれだけ『不便』であるかをとくとくと語っている。
そっと周囲をうかがうと、副長も島田も蟻通も俊冬と俊春も、ついでに縁側の向こうの庭にいる相棒も、そんな人見を唖然としたでみている。
なるほど……。
伊庭がに移籍したがったり、おれに「主計は、みなから愛されている」と、とんちんかんなことをいったりする気持ちがすこしだけ理解ができた気がする。
「というわけで、不便をなくすためでしたら、なにがなんでもがんばります。ゆえに、なんでも申しつけてください」
そして、人見は言いたいことを言いきった。「あ、ああ……」
副長は、あきらか困惑している。
いや。人見は協力してくれる。それはそれで、喜ばしいかぎりである。
これで、なにもかもがやりやすくなる。
だが、このもやもや感はなんだ?
いや。そのもやもやがなにかはわかっている。
人見の伊庭を死なせたくない理由が、あくまでも「人見自身が不便にならないため」ということだからである。
「八郎、大丈夫だ。わたしがついているかぎり、おまえは死なぬ。生きて、わたしを補佐するのだ」
人見は、おれたちの困惑をよそに上機嫌で伊庭の肩をたたきまくって「死なせぬ」宣言をしている。
「あ、ちがうのです」
伊庭は、そんなおれたちの困惑に気がついたらしい。
かれは、きらきらすると剣ダコだらけの分厚い掌を、ぶんぶんと音がするほど振った。
「勝太さんに悪気はないのです。勝太さんって、見かけによらず照れくさがり屋なのです。がいなくって不便というのは、がいなくて寂しくて耐えられぬ、という意味なのです。勝太さんって、わたしのことが大好きなのです」
「……」
いまのはいまので衝撃的である。
なに?
じゃあなにか?
人見は伊庭のことが大好きで、それでもって照れ屋さんだから、不便だなんてごまかしたってわけなのか?
「島田先生、こういうのを「恋のライバル」というのです」
「たま、シャラップ!」
伊庭の説明でまたしても唖然としていると、俊冬が島田にささやいた。
あ、ちがう。ささやきなんてかわいいものではなかった。
庭まできこえるような大きさの声だった。
だから、思わず制止してしまったのだ。
「うふっ!こういうのって「恋の当て馬」だよね」
「ぽち、シャラップ!」
さらに、俊春までいいだした。
しかも『うふっ!』だなんて、めっちゃうれしそうだ。
ってか、人見と伊庭ってそういう関係なのか?
もちろん、いまのそういう関係というのはBL的関係であることはいうまでもない。
「ああ、そうか。そうだったのか。まぁ、だれかさんよりかは家柄にしろにしろずっとマシだし、八郎にとってはふさわしいな」
「副長っ、シャラップ!」
「この野郎っ!だれに向かっていってやがる」
「いたっ。す、すみません。つい」
上司に向かって『シャラップ』だなんて、それは拳固を喰らっても仕方がない、よな?
いや、仕方なくない。
パワハラすぎる。
「いえ、ちがいます。誤解です。わたしたちは、