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はめっちゃうれしそうである。


はめっちゃうれしそうである。

 


「なにを申すか、避孕 八郎」

「だってそうでしょう?どさくさにまぎれて、新撰組に移ろうだなんて。だいたい、はくる者拒まずです。いくらでも空きはあります。勝太さんが移るんだったら、わたしだって移りますよ」

 


 なんてことだ。人見が「空きがあるか」と尋ねたのは、自分が移りたいってことなのか?

 


「おいおい。遊撃隊をまとめる二人が、の平隊士からやりなおすと?やめておいたほうがいい。そこの役立たずが、ここぞとばかりにをとりまくってエラソーにかましまくるだけだからな」

 


 おれを指さし、副長がとんでもないことを断言した。

 


 それから、笑いだした。「ひどいですよ。おれが、そんなことをするわけありません……」

「手とり足取り、ついでに腰取り教えるだけだよな」

「ちょっ……。なにをいいだすんです、蟻通先生。いまのは名誉棄損レベルのジョークですよ」

 


 腰取りって……。

 


 どんなんだ?

 


 一瞬、脳裏に思い描きそうになった。

 


 やばい、ダダもれしてしまう。

 


 すんでのところでモザイクをいれた。いや、ちがった。思考をシャットダウンした。

 


 そのタイミングで、俊冬と俊春が胸元に盆を抱えて縁側にあらわれた。

 


『ザ・コーヒー』の香りだけはちゃんとしたコーヒーの香りが、鼻をくすぐる。

 


「おっ、いいにおいだ」

 


 いまや副長も、すっかりコーヒーLOVEになっている。

 


 すっと筋の通る高い鼻をひくひくさせながら、うれしそうにつぶやいた。

 


「コーヒーというものだ。すごくうまい。吞んでみてくれ」

 


 副長は、俊冬と俊春がそれぞれのまえにコーヒーとパウンドケーキみたいなものを置きはじめると、さも自分が入手したみたいに自慢げに紹介しはじめた。

 


「これはなあ、異人が好んで呑むものなんだ」

 


 さらには、おれの受け売りまでいいはじめた。

 


「呑みやすいように、砂糖と牛乳をいれています」

 


 俊冬が控えめにいう。

 


 島田や蟻通と伊庭と人見は、物珍しさもあって、カップをためつすがめつしている。

 


 ってか、これだけの人数分のカップをよく入手できたものだ。

 


「これってパウンドケーキ?」

 


 おれのまえに置いてくれた俊春に尋ねてみた。

 


「うん。バターは入ってないけどね。小麦粉と卵と砂糖でつくってみた」

「わお。コーヒーにあいそうだよな」

 


 正直、現代でコーヒーのおともにパウンドケーキを喰うなんてことはなかった。

 


 すくなくとも、選択肢にはなかった。

 


 だがしかし、いまは大歓迎である。

 


 むしろ、めっちゃ喰いたい。

 


 よくよくかんがえてみたら、さっき鹿肉カレーを二杯、特大ナンを三枚喰った。

 


 いくらスイーツが別腹だからって、これはダメなんじゃなかろうか……。

 


 でもまぁ、明日から二股口で重労働になるし、まっいっか。

 


『明日からダイエットするぞ』

 


 そんな宣言を毎日するのとおなじ真理である。

 


 つまり、自分に都合のいい大義名分をおったてて、納得するってわけだ。

 


 はあああああ……。

 


 おれってば、ますます自分に甘々でどんどん節度がなくなっていっている。

 


 このままではいけない。

 


 なーんてことも、戦争時の特殊な環境下だから仕方ないか、ですませてしまう自分が馬鹿すぎる。

 


 ちなみに、「スイーツ大魔王」の島田がパウンドケーキをおおよろこびしたのはいうまでもない。

 


 さらには、兼定兄さん想いの俊春が、相棒にパウンドケーキのかわりに沢庵をやってくれた。

 


 鹿肉も、カレーにはせずに出汁で煮込んでぶっかけ飯にしてくれたという。

 


 兼定兄さんは、大満足にちがいない。 

 


 人見と伊庭と蟻通は、カップのなかの未知なる液体をしばらくみおろしていた。それから、鼻をちかづけてくんくんにおいを嗅いだ。

 


 それからやっと、おずおずとカップに口をちかづけた。さらには、恐々といった感じでカップを口につけてまずは一口すすった。

 


 まあ、はじめての飲み物だ。だれだっておなじリアクションになるだろう。

 


 じっと三人をみつめていると、一口すすってから「おや?」ってになった。さらに二口ほどすする。

 


 三人ともまったくおんなじリアクションだから、思わずふきそうになった。

 


「あ、これはうまい」

「誠ですね。これはなかなか」

「ほー、なかなかうまいではないか」

 


 そして、判定がくだされた。

 


 さらには、島田である。

 


 自分のまえにカップとパウンドケーキが置かれた瞬間、島田のがめっちゃゆるんだ。それだけではない。めっちゃしあわせそうなオーラがでまくった。

 


「おお……。うまそうなにおいだ。こちらの飲み物から、甘いにおいがする」

 


 甘いにおい?

 


 一瞬、島田だけちがう飲み物が配られたのかと思った。

 


 かれはカップを持ち上げると「スンッ」と豪快ににおいを吸い込んだ。それから、「ズズズッ」と外人がきいたら眉をひそめそうな勢いの音を立てつつ、豪快にすすった。

 


「おおおおおおっ!これは、甘くては、いまや絶頂って感じである。

 


 ってか、甘くてミルキー?

 


 カフェオレ的な?コーヒー牛乳的な?

 


 それって、もはやコーヒーじゃなくなってなくないか?

 


「パウンドケーキか?これもまただ。口のなかにいれた瞬間、口中でとろけてしまう。卵のまったり感もじつにいい仕事をしている」

 


 ちょっ……。

 


 すげー食レポだ。

 


 実は、島田ってグルメリポーターなのか?

 


 いろんな国の喰い物を喰っては、SNSにあげているとかか?