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副長、落ち着いてください」


副長、落ち着いてください」

 


 島田も副長を止めようと、easycorp その腕をつかんだ。

 


「離せっ!くそっ、なにゆえかばった?俊春、くそっ」

 


 これほど動揺している副長はめずらしい。いや、はじめてみるかもしれない。

 


 そして、おれも……。

 


 ぐったりしている俊春をみた瞬間、頭の中が真っ白になってしまった。

 


「俊春っ!」

 


 副長たちを押しのけ、その華奢な体にしがみついた。

 


「だから、ぼくに触れないで」

 


 途端にぴしゃりといわれてしまった。

 


 俊春のいつもの反応である。

 


 が、かれのはゾンビ以上に青ざめているし、いまの声も弱弱しく苦し気だった。

 


 かれが強がっているのは、まず間違いない。

 


「強がりじゃないよ。ちょっとかすっただけだから。それよりも、連中を追わなきゃ。兼定兄さんと合流しなきゃ……」

 


 俊春は、そうつぶやくなりおれをおしのけ立ち上がろうとした。

 


「馬鹿なことをいうな。寝ていろ。どこを撃たれた?」

「だから、ぼくから離れて。大丈夫、大丈夫だから。ぼくよりも、周囲に気をつけて。副長が撃たれたことに気がついた人がいるかもしれない。士気にかかわるし、あらぬ誤解をあたえかねない……」

 


 俊春は、そうつぶやきながら必死に立ち上がろうとしている。

 


 かれのいうことはわかる。わかるのだが、まずはかれ自身のことだろう?

 


 かれのつぶやきの意味は、島田も蟻通も即座に理解している。

 


 島田と蟻通は、まだ周囲に残って何事かとこちらをみている兵卒たちに大声で呼びかけはじめた。

「案ずるな。陸軍奉行並はなんともない。馬が流れ弾に驚いて暴れ、落馬されただけのことだ」

「さっさとひきあげてくれ。敵が巻き返してこぬともかぎらぬからな」

 


 兵卒たちは、島田と蟻通の説明を信じていないとしても従うよりほかない。周囲にいる者どうしでを見合わせ、肩をすくめたり頸を傾げたりしてからぞろぞろとあるきだした。

 


「立つな。俊春、寝ていろ」

「大丈夫です。大丈夫ですから。はなしてください。いかなきゃならないんです」

「無茶だ。俊春、死んでしまうぞ」

 


 安富と伊庭が俊春の肩をつかみ、必死でひきとめようとしている。

 


 馬鹿な俊春は、その二人をひきずる勢いでじわじわと歩を進めている。

 


 右脇腹をおさえるかれのちいさく分厚い掌から、血がこぼれ落ちている。

 


 それは、すぐに蝦夷の湿った大地にしみこんでしまう。

 


「俊春、いいかげんにしろ」

 


 かれのまえに立ちはだかった。

 


 これだけの重傷を負ってなお、大の大人二人をひきずっている。おれなど、ちょちょいのちょいでやられてしまうだろう。

 


 たとえそうなったとしてもかまわない。兎に角、かれを止めなければ。一刻もはやく止血をしなければならない。

 


 そのとき、かれもO型であることを思いだした。

 


 まだ本土にいるときである。たしか、会津から仙台に向かっている道中だったと思うが、血液型の話になった。

 


 そのとき、俊春が自分の血液型がO型だといっていた。

 


 おれとおなじ血液型である。

 


 輸血できる環境があるのなら、いくらでもわけてやる。それこそ、おれ自身が死んでしまうほどの量であってもだ。

 


「どいてよ。いかなきゃならないんだ。副長を狙った連中を見逃せない」

「いいや、ぜったいにどかない。相棒に任せたんだろう?だったら、最後まで任せるべきだ。それに、連中は失敗した。きみのお蔭で、副長は無事だ。そんな連中、ほうっておけ」

「ほうってなどおけない。すくなくとも、連中のバックはほうっておけない」

「俊春、いいかげんにしろ。もういい、もういいんだ。おまえは存分にやってくれた。八郎を救い、おれを救ってくれた。もう充分だ」

 


 いつの間にか、副長が俊春のすぐうしろに立っていた。

 


 副長のかれを諭す声は、けっして荒々しくも恫喝めいてもいない。やさしすぎるほどの声音に、俊春もやっと正気づいたようだ。

 


 動きが止まった。

 


 それを見逃す副長ではない。

 


 うしろから、その小柄な体を抱きかかえた。

 


 一瞬、かれがフリーズ状態になるか恐慌をきたすかと、ヒヤッとした。

 


 が、よほど具合が悪いのだろう。ぐったりと抱きかかえられている。

 


「主計、傷はわかるか?」

「いえ、すみません」

 


 副長がかれの傷をみることができるか、ときいてきた。

 


 が、残念ながらそこまでの知識はない。

 


 だが、止血はできるかもしれない。

 


 抵抗する力もないのか、俊春はぐったりしている。

 


 副長と二人でかれを地面に横たえさせようとすると、島田と伊庭が同時に軍服の上着をさっと脱ぎ、それを地面に敷いてくれた。

 


 そのかれらにも手伝ってもらい、とりあえずはかれの軍服の上着をぬがせた。

 


 軍服の下のシャツは、鮮血で真っ赤に染まっている。

 


 だれかがうめいた。

 


 いや、おれ自身だったのかもしれない。

 


 そのシャツも脱がせた。

 


 視界のすみに、安富が竹筒の水を手拭いにぶっかけているのが映った。

 


 そして、安富が濡れた手拭いを差しだしてきた。

 


 本来なら、煮沸するかアルコールで処理をした布がいいのだろう。

 


 だが、いまはそんなことができるわけがない。

 


 せめて傷の特定をしなければ……。

 


 血まみれの皮膚をやさしく拭ってゆく。

 


 副長の膝の上で、かれは瞼を閉じている。