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そう思うなら聞くんじゃねぇと思


そう思うなら聞くんじゃねぇと思わず自分に苦笑い。

本当は気になって気になって仕方ないのに。

 


 


『あー…せっかく憂さ晴らししたってのに,【脫髮】頭瘡會導致脫髮?即看頭瘡成因、預防及治療方法 @ 香港脫髮研社 :: 痞客邦 :: またむしゃくしゃして来ちまった。』

 


 


三津を少々近くに置きすぎたのかもしれない。

すぐそこに居るから,全てを知ってる気になる。

 


 


だから三津の知らない部分が見えると,自分に見せない顔をすると許せない。

 


 


自分の思う三津じゃなきゃ駄目だと,勝手に思っていた。

 


 


「あーあ…。草履どうしよう…。ホンマにもう外に出たら駄目ですか?」

 


 


三津が情けない声で呟いて,肩に顎を乗せた。

耳元に三津の体温を感じて,くすぐったかった。

 


 


「替えはねぇのか?ねぇなら草履くらい買ってやらぁ。」

 


 


「え!」

 


 


何だその驚きよう。そんなに俺は甲斐性無しだと思われてんのか?

それとも優しさが不気味だと?

 


 


「何だよ,今意外って思ったろ。」

 


 


まさにその通り。

さっきまではあんなに冷たかった人が負ぶってくれて,新しい草履まで買ってくれるって?

 


 


「槍降りませんかねぇ?」

 


 


「てめぇ…。振り落としてやる!」

 


 


素直に人の好意を受けやがれ。

落とさないようにしっかり足を持ったまま,体を思い切り捻った。

 


 


「おわっ!ごめんなさい!ごめんなさい!」

 


 


三津は腕に力を込めてしがみついた。

 


 


「許さねえ。」

 


 


土方は不敵に口角を上げて,今度は勢い良く走り出した。

 


 


「ひゃっ!落ちますってー!!」

 


 


態と揺さぶってさらに腕に力が込められるのを期待した。

肩に埋められた顔。耳に触れる髪。それだけで土方の中に安心感が芽生える。

 


 


誰の傍でもなく,自分の一番近くに三津がいる。ちょっとはしゃぎ過ぎた。

息を切らしながら土方は一人後悔していた。

 


 


「面白い!土方さんもう一回!」

 


 


顔のすぐ横で嬉々とした声がするもんだから,澄ました顔で呼吸を整える。

 


 


「ガキかよ。」

 


 


そんなガキを喜ばせようと必死になったのはどこの誰だろうな。

また柄にもない事をしてしまった。

 


 


『こんな姿総司なんかに見られたら…。』

 


 


「あれ?土方さんに三津さん!?どうしたんですか!?」

 


 


不安的中。壬生寺に近付けば近く程,あんまりいい予感はしてなかった。

 


 


子供たちの笑い声がしたから,その中に総司もいる気がしていた。

案の定,見つかった。

 


 


三津が背負われているから,かなり心配そうに見て来る。

また怪我でも負ったのか,具合でも悪くなったのか。

その不安が総司の顔に書いてある。

 


 


「草履の鼻緒が切れちゃって…。」

 


 


「土方さんの返り血は何ですか?また三津さんを巻き込みましたね?」

 


 


「これは憂さ晴らしだ。」

 


 


総司は疑いの眼差しを向けたまま二人の周りをぐるりと回った。

 


 


「三津さんの履いてる草履は誰のです?」

 


 


「お前には関係ない。俺は早く着替えたいんだ。」

 


 


総司の目敏さに舌打ちをして大股で屯所に戻った。

 


 


「土方さんすぐに着物洗いますから。」

 


 


三津はすぐに着替えを用意して汚れた着物を手に,井戸に向かった。

 


 


三津と入れ替わりに音もなく総司が現れて,ごく自然に部屋に入り込んだ。

 


 


「今日は何があったんです?三津さん泣かせたでしょ?」

 


 


さぁ白状してもらいますと笑顔で膝を突き合わせた。

 


 


「出先であいつの草履の鼻緒が切れて,帰って来る途中でご指名食らったから日頃の憂さを晴らした。それだけだ。」

 


 


「随分と簡単に纏めましたね。」

 


 


総司が態とらしく目を見開いて驚いて見せる。

 


 


「…俺の馴染みの呉服屋の若旦那がたまたま通りかかって自分の草履を置いてった。

それとあいつの泣き虫は今に始まった事じゃねぇ。」

 


 


流石に八つ当たりして泣かせたとは言えない。

泣きながら追いかけて来た三津を思い出すと胸が痛い。

 


 


「え,その若旦那さんはその後どうされたんです?

まさか予備の草履を懐に忍ばせてた訳ないでしょう?」

 


 


「足袋のまんま帰ってったさ。」

 


 


「うわ!いい人!」

 


 


三津の目にもそう映ったに違いない。

優しい紳士的ないい男に。