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「おお、市。そなたも見送りに来てくれたのか」


「おお、市。そなたも見送りに来てくれたのか」

 


「はい。遅れてしまい、申し訳ございませぬ。どうしても兄上に、これをお渡ししたくて…」

 


するとお市は、着物の袖の中から、手作りと思われる可愛らしい小袋を取り出して

 


「これを一緒に持って行って下さいませ。中に戦勝祈願の御札が入っておりまする」

 


言いながら、信長の手に握らせた。

 


「いずれこのような大戦(おおいくさ)に挑まれる折が参ったら、必ずお渡し致そうと思い、以前 萬松寺の和尚様にお頼みして手に入れて頂いた物です」

 


「それは何と有り難い……、もしやこの袋、そちが自分で拵(こしら)えたのか?」

 


お市は「…はい」と恥ずかしげに頷く。

 


「知らせを聞いて急いで縫いましたので、不恰好で申し訳ない限りですが…」https://newsbreak.com/2096570/3542246853303-latest-trends-in-botox-hong-kong-treatments

 


「いいや。短い時間で縫った割にはよう出来ておる。 お濃、そちもそう思わぬか?」

 


「ええ、本当に。お市様は手先が器用なのでございますね」

 


「…い、いえ、そんな…」

 


「気に入ったぞ、市。礼を申す」

信長が笑顔満面で告げると

 


「それでしたら、私も再びこれを、殿にお渡しせねばなりますまい」

 


濃姫は帯の間に挿してあった、例の道三の短刀を抜き取り、夫の前に差し出した。

 


「どうぞこの刀も、お市様の守袋と一緒に持って行って下さいませ。

お市様のように愛情のこもった物ではございませぬが、これは私が殿にお預け出来る、もっとも力のあるお守りにございます故」

 


姫が慇懃に告げると、信長は唇の両端をつり上げながら、迷わずそれを受け取った。

 


「この短刀の威力ならば儂も存じておる。これまでも幾度となく儂を守ってくれた…。

 


きっとこの中に、そなたと道三殿の、様々な祈念が込められている故であろうのう」

 


感慨深げに呟く信長の前で、濃姫はゆっくりと首肯する。

 


「此度もまた、この刀が殿を危険からお守り下さるでしょう。 ですからどうか、私たちのことはお気になさらず、

 


思う存分 今川とやり合(お)うて下さいませ。それが、この城で殿のお帰りを待つおなごたちの総意にございます」

 


「…お濃」

 


「無論そのおなごたちの中には、私と、そして母上様も含まれておりまする。

 


兄上がご無事にお帰りになられるよう、心からお祈り申し上げております」

 


「…お市」

 


一筋の憂いも見えぬ妻と妹の面差しが、信長の目には、これまでの何倍も輝いて見えた。

 


やがて、万感胸に迫る思いで、お市の守袋と濃姫の短刀を硬く握り締めると

 


「では───行って参る」

 


信長は強きな笑みを一つ浮かべ、踵を返すと

 


「皆々行くぞ!!」

 


「「ははっ!」」

 


小姓衆を引き連れて颯爽と出て行った。

 


濃姫たちはその場で深々と頭を下げながら、男たちが夜明けの薄闇の中へ消えてゆくのを静かな心持ちで見送っていた。

 


 


 


 


 


 


岩室長門守、佐脇良之、長谷川橋介ら、御小姓衆五騎のみを従えて清洲城を発った信長は、

 


そのまま熱田までの三里(約12キロ)の道のりを一気に駆け抜けて行った。

そして朝五つ刻(午前8時頃)。

 


熱田神宮(上知我麻神社)に入った信長は、程なく軍勢を集め、同神宮にて戦勝祈願を行った。

 


この間 織田軍前線の丸根砦では、今川方の松平元康勢の攻撃により、五百名あまりの織田軍が城外へ出て敵勢と対峙。