のといまのとは、多少ちがうでしょうけど」
「申し訳ございません。朱古力瘤 馬鹿すぎて大馬鹿な弟のために・・・」
俊冬は、弟の馬鹿さかげんを強調している。
「居合一本勝負。わたしがやります。それでいいな、馬鹿たれ」
俊春は、めっちゃ馬鹿あつかいされても、やりあえることがうれしいらしい。それとも、いわれなれていてなにも感じないのであろうか。兎に角、かれは素敵すぎる笑顔で、おおきくうなずいている。
「おお、それはいい。それならば、わたしも心から安堵してみれよう」
局長は、すぐにのっかってくる。
あのー、さっきおれにいってた卑下しすぎってのは、なんだったんでしょうか、局長?結局、それはおれを哀れんでってやつですか?
「ならばこれをつかってくれ、ぽち」
局長は、「虎徹」を鞘ごとはずしてさしだす。
俊春は、はっとしたように動きをとめる。
「穢すとかなんとか、というのはやめてくれ。「になっている。
「いいがかりはよしやがれ、主計。拷問ってのはな、掌と脚のすべての爪をはがし、吊るした脚の裏に、蝋燭の蝋をたらすんだよ」
「おお、それはいい。では、さっそく」
「いや、まて!」
「ちょっ、まってください」
とんでも黒歴史の一つの拷問方法を、しれっと語る副長も副長だが、それを実践しようとする俊冬に、局長と二人でダメだしをするのは当然のことである。
「なら、どうすりゃいいんだ?」
「ってか、そこまでして勝負する必要なんてないじゃないですか」
「主計の申すとおりだ。そもそも、そこまでせねばならぬということじたい、恥ずかしいかぎり」
「かっちゃん。そこまでしても、ぽちにはちっとも勝てる気がしねぇ」
「自慢になるかっ」
「自慢になるかいっ」
局長と二人、ついツッコんでしまう。
もっとも、副長のいうとおりかもしれない。簀巻きにされていても、俊春なら軟体動物かアメーバかスライムみたいに、ニュルニュルと脱け出て自由になりそうだし、脚の裏に蝋をたらされても、熱く感じなさそうである。
「なら、主計。おめえがやれ」
「はい?おれなんて勝負になるわけ、ってか、おれにふらないでくださいよ、副長」
「いやいや、主計。勝負は兎も角、おぬしの剣は、自身が思っているほど弱いものではない。卑下しすぎだ。流派は、たしか・・・」
「局長、お気持ちだけいただいておきます。「英信流」です。さきの甲府の敵方の参謀板垣さんとおなじ流派なのです。もっとも、いまからずっとを輝かせ、礼をのべてから「虎徹」をうけとっている。
その瞬間、俊春がをみはったような気がした。刹那以下の間、「虎徹」をみつめたが、すぐに腰に帯びる。
なんだろう・・・?「虎徹」に、なにかを感じたのであろうか?
それもつかの間、いまはめっちゃうれしそうにしている。「主計。すまぬが、いましばらくかしてもらえぬか」
「ええ、もちろん」
俊冬が律儀に尋ねてきたので、すぐに快諾する。
ふと気配を感じたので、を下に向けると、相棒がおれの左脚のすぐうしろでお座りしているではないか。
おお・・・。いったい、いつぶりだろうか・・・。
「ぽちたまがいねぇからな」
副長が、右側にやってきてせせら笑う。
よまれた上に、嫌味をかましてくるなんて、どういう上司なんだ?
でも、副長のいうとおりかも・・・。
「まったく・・・。馬鹿も、ここまできたらいっそすがすがしいな」
そして、嫌味をかましているのは俊冬も同様である。弟と距離をおいて向き合い、不機嫌そうにかましている。
とはいえ、心底怒っているわけではない。怒っているのは、局長や副長を困らせていることにたいしてである。かれも弟と勝負をすることじたいは、やぶさかではないはず。
なぜなら、かれもまた、ある意味馬鹿なのだから。
「いついつまでも睨みあい、探りあいというのは抜きだ。それこそ、いつ勝負がつくかわからぬゆえ」
「承知いたしました。居合をもっとも得意とするたまです。存分にされてください。わたしは、「虎徹」と語りあえるをいただければ、充分でございます」
「生意気なやつめ。なれば、わずかのときをやろう。さっさと語りあえ。ゆっくり、百をかぞえる。それをすぎ、さらに十かぞえたのちに勝負だ。よいな?」
その提案に、俊春は無言のままうなずく。ときがもったいないとばかりに、そのままわずかに腰を落とし、いつでも抜ける姿勢で瞼を閉じる。三本しか指のない左掌は、「虎徹」に添えられている。が、鯉口はまだきってはいない。
向かい合う俊冬もまた、同様の姿勢で瞼を閉じている。こちらは、カウントしつつ「之定」と語りあっているのか。やはり、四本しか指のない左掌は、「之定」に添えられている。もちろん、鯉口はきられてはいない。
時間にすれば、90秒ほどであろうか。双子の瞼が同時にひらいた。そして、一足一刀の間合いまで、摺り足で距離を詰める。二人の草履が、草を踏みしめる。すっかり夜目に慣れた