「桂さん,久しぶりに会った愛しい人にそれはないでしょう。文の一つも寄越さなかった癖にヤキモチは妬くんですね。もっと優しく愛の言葉くらい囁いてあげたらどうです?」
見兼ねた入江が口を出した。すると桂はすぐに反論しようとしたが何か少し考えて口篭った。それから咳払いをして仕切り直した。植髮
「君こそ無事だったのを誰にも報せなかったのは何故だい?」
「朝敵に堕ちた以上死人でいる方が何かと都合が良かったので。傷も癒えぬまま残党狩りにも遭いましたし。これがあの戦での傷です。」
入江は帯を緩めて上半身だけ脱いだ。銃弾の痕に火傷まで隈なく見せた。
改めて見ると酷いものだ。泣きそうな顔で見つめてくる三津に微笑みかけて頭を撫でてやってから着物を着直した。
「それで……桂さんの方から三津さんにかける言葉はないんでしょうか?」桂は眉を垂れ下げ泣きそうな顔の三津の前まで近付いた。恋焦がれた愛しい片割れに吸い寄せられるように距離を詰めた。
「長い間よく耐えてくれた。ここまで来てくれてありがとう。」
やっと桂の表情が穏やかになった。優しく微笑む目に見つめられ,三津の目が徐々に潤みだした。
「会いたかったです……ずっと。」
それ以上の言葉が出なかった。
「それだけ?」
三津は首をぶんぶん横に振って否定した。
言いたい事はいっぱいある。聞きたい事だっていっぱいある。
それでも今は目の前の触れられる距離に桂が居て,大好きな目が自分を見て,大好きな声で名前を呼んでくれるのが嬉しくて胸が苦しかった。
「小五ろ……っさんっ私っ……。もう離れたくないっ待ちたくないっ!置いてかないで!傍に置いてください……一緒に居たい……ずっと一緒がいいっ!」
溜め込んできたわがままを涙と一緒に吐き出した。子供みたいに泣きじゃくって普段言わないわがままを叫ぶ三津を桂は搔き抱いた。
「会いたかった。私も会いたかった。」
三津だけに聞こえる声で囁いた。久しぶりに抱きしめた体は高杉の言うとおり前より華奢になった気がした。
桂の名を呼び続けわんわん泣く三津にセツはもらい泣きをして手拭いで必死に目を押さえた。年を取ると涙脆くてヤダわとおいおい泣いていた。
「おっし!今日は桂さんと三津さんの再会を祝して呑むぞ!」
「昨日の今日でまだ呑むか!」
どうしても宴をしたい高杉の頭を入江がすかさず小突いた。
「私は呑みたいなぁ。九一と話したい事が山程ある。」
三津を胸に抱き留めたまま桂は敵意に似た目で笑みを浮かべて入江を見た。
「そうですね。深く話さねばならない事も多くあるので呑みながらゆるりと話しましょうか。」
入江も受けて立つぞと目で返した。
「私はお酒を用意すればいいんだね?準備は言い出しっぺが手伝うべきだよね?」
白石は高杉を引き連れ買い出しに出掛けた。荷物持ちに山縣が借り出された。この煩い二人を連れ出したのは白石の気遣いでもあった。
「しかしまだこっちに来て三日だと言うのに何ですでに嫁ちゃんが定着してるんだ?」
「それは私と三津さんが醸し出す雰囲気がもう夫婦以外の何ものでもないからですかね?」
入江が笑顔で言ってのけて桂はその挑発に乗った。
「どちらが愛されてるかは一目瞭然なのにねぇ。ねぇ?三津。」
桂は不敵に笑みを浮かべて三津の髪に口づけた。「これが修羅場ってヤツかぁ。」
入江と桂を交互に見て赤禰がボソッと呟いた。すると入江が笑顔で赤禰の方を向いた。
「武人さんこんなもん修羅場とは言わん。稔麿なんか桂さんの目の前で三津さんの口吸うちょるけぇ。」
「うわぁ絶対立ち合いたくないわそこ。」
さぞ険悪な空気が漂っただろうなと想像するだけで身震いがした。