「いえ、窓の向こうになにかがいるような気が……」
「おいおい。子宮腺肌症懷孕 かような大雨のなか、わざわざ窓の外にだれが立つというのだ」
さっきまで優雅に顎をのせていた副長の両掌は、いまは握り拳がつくられている。
「たしかに、なにかいましたよ。二度、なにかみえたのです」
「こ、この野郎……」
副長のがひきつっている。
そうだった。すっかり忘れていた。
副長は、子どものから幽霊系が苦手だったんだ。
副長のひきつるから幽霊系が苦手だったんだ。
副長のひきつる、俊冬が所有していた屋敷で肝試しっぽいものをやったことがあった。
そのとき、副長はムリをして参加したが、超絶怖がった。
なんと、いっしょにいたおれを火事場のくそ力的に突き飛ばし、自分だけ逃げてしまったのである。
驚かせたのは、俊冬と俊春と相棒だった。それは兎も角、あのときの副長は新撰組の「鬼の副長」とはかけ離れすぎていた。
怖がりだからこそ、いまも態度が急変したのである。
「『この野郎』っていわれても、たしかになにかみえたんですよ」
けっして驚かせるつもりではない。実際、窓の向こうになにかいたのである。
「お、おれを驚かせようとは……」
「ほら、またみえたっ!」
「ぎやああああああっ……」
またなにかみえた。
副長に、それをストレートに伝えた。すると、副長は悲鳴にもならない奇妙な声を発しながら席を立った。って思う間もなく、なんとなんと机をひとっとびして飛び越し、ついでに机のすぐまえにある長椅子とローテーブルも飛び越えた。
そのままの勢いで、おれに抱きついてきたではないか。
なんてこった。
これが土方歳三?
これが、泣く子もだまる新撰組の「鬼の副長」?
これがたらしでジゴロで女性にも男性にもだらしない、歴史史上三本指に入るほどのイケメン?
「ふ、副長。こんなところをだれかにみられたら、いろんな意味でヤバいですよ」
自分でいいながら、もしいまこの部屋にだれかはいってきたらどうなるんだろうって想像してみた。
副長が地球規模的なびびりだっていう事実より、副長とおれがBL的関係だという虚構がなりたってしまうのではないのか?
後世の新撰組ファンやBL派の間で、『土方×相馬』という図式が通例となってしまう。
もしかして、これっておいしいのか?
「ひっじかたくーん!」
そのときである。なんのまえぶれもなくドアが、もちろん副長の部屋のドアであるが、それが音高くひらいた。
詰んだ……。
おれのBL的黒歴史は、日々更新中である。
「あれ?お邪魔だったかな?」
部屋の入り口に立っているのは、大鳥である。
かれは、どこからどうみてもそんな風にしかみえないおれたちを、を輝かせつつガン見している。
そして部屋から頭をだし、廊下を確認してからをそっと閉めた。
ってか、フツーノックをしてから呼びかけ、部屋の主の許可がでてから入ってこないか?
大鳥さんよ、礼儀をわきまえろよ。
ってかれに道徳を問うたところで、すでにおそしである。
こうなったら、こうなった理由を述べて誤解をとくしかない。
「大鳥先生、ちがうんです。じつは副長と話をしていると、窓の向こうになにかがみえましてね。それも、二度か三度です。副長は、こうみえてもそういう心霊現象、つまりお化けとかの類が大の苦手らしくって、おれが大声だしたものですから怖がっているってわけです。ゆえに、これは誤解です」
「ふーん」
小柄なかれは、おれたちをまだガン見している。それから、を窓へと向けた。
「よく降るよね。雪のつぎは大雨だ。あっ……」
独り言っぽいつぶやきが途中でとまってしまった。
「なにかみえた」
「ひいいいいいいっ!」
「ふ、ふぐぢょうっ、ぐ、ぐるじい……」
大鳥のさわやかな声音のわりにおそろしい内容に、おれの頸を握る副長の両掌に力がこもった。
って、抱きついてきているかと思っていたのに、いつの間にか掌がおれの頸のところにある。
どさくさにまぎれ、おれを絞殺しようとでもいうのか?
ってかBL的にいえば、めっちゃヤバいプレイじゃないのか?
もちろん、おれにそんな趣味はない。超絶デンジャラスプレイにはまーったく興味はない。
大鳥は、窓からおれたちへとをうつした。
おれの頸をぐいぐいしめながらすっかり怯えている副長をみ、満面の笑みになった。
「主計君の話は、誠だったんだね。よかったよ」
だから、そういうのじゃないっていっただろう?
ってか『よかったよ』って、どういう意味なんだ?
「ふ、ふぐぢょー、ぐ、ぐるじー」
このままでは逝ってしまう。
くどいようだが、おれにそういう趣味はいっさいない。「土方君、落ち着いて。怪談話なら、まだ時期ははやいよ」
大鳥は、すたすたと窓へ歩をすすめた。
なんと。
かれは、ちっさいわりには度胸があるんだ。
あっ、ちっさいは余計なことか。
雨粒が窓ガラスをたたく音が、静まり返っている室内にいやにおおきく響き渡る。
「どれどれ」
大鳥は執務机をまわって窓のまえにいくと、躊躇せずそれに掌をのばした。
まさか、開けるとか?
度胸ありすぎだろう?
窓の向こうにいるのが幽霊の場合、フツーに怖すぎる。
が、窓の向こうにいるのが