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「……幸い、本日は一部屋だけ空いております。ただし明日からは、満室ですね」

 


「……そうですか。年末ですからね」

ひゐろが落胆した顔をしていると、旅館を営む男が

 


「そうだ!先月、仲居が一人辞めたので、布団は一つ空いているはずだ。明日以降は、仲居部屋にいてはどうか」

 


そばにいた仲居が、驚いた顔をする。

 


「……ご主人様。こちらのお客様を、仲居部屋に通すのでしょうか」

 


「あぁ。どうやら、貸家を探しているらしいから。今は不景気でしかも年末だから、行き場を失うのも気の毒だろう。雪が降る可能性もあるし」

 


仲居は、なぜゆえにという顔をしてひゐろを見た。

 


「明日からの寝泊まりは、仲居部屋でも良いかい。五人部屋だ」

旅館を営む男は、ひゐろに提案した。

 


「もちろんです!」

 


「仲居部屋といえども、宿代はいただくよ。今日の部屋の半額だ」

 


「ありがたいです。恩に預かります」

ひゐろは深々と、頭を下げた。

 


「……それでは、本日のお部屋にお連れいたします」

仲居はひゐろを連れ、二階へ通した。

 


「こちらがお部屋です。どうぞ」ひゐろは奥の格子窓へ駆け寄り、縁側から身を乗り出した。ランプ灯の光で、夜景が照らされている。

 


「運河が見えるわ」

 


「ここは二階ですし、端の部屋なので、見栄えはあまり良くないかもしれませんが」

仲居は、景色をめてそう言った。

 


「じゅうぶんです。夜景がきれいだし、水の音が素敵ですから」

 


「私どもの旅館から見える運河の風景を楽しみにしている、外国人のお客様も少なくありません」

仲居は座布団を敷きながら、お茶を淹れはじめた。

 


「そうでしょうね。この夜景に惹かれます!」

 


「寒いでしょうから、格子窓は閉めておきますね。それでは後ほど、お食事をお持ちします」

仲居は座ってを閉め、ひゐろの部屋を後にした。

 


ひゐろは旅館での食事を平らげ、風呂に入った。

その後、斎藤からもらったの本を広げ、床についた。

 


翌朝、ひゐろは旅館の階下に降りた。

 


朝食の準備で、複数の中居が忙しなく動いている。ひゐろを見つけたにいる男が、声をかける。

 


「朝食を終えてからで結構です。大変恐縮ですが、昨日のお約束通り十時までに、仲居部屋に移動していただけますか」

 


「もちろんです。移動しておきますね」朝食を終えると、ひゐろは早速仲居部屋に行った。

一階の入口から最も離れた、奥の部屋だ。

 


複数の女たちが就寝している部屋のせいか、女性特有のを開けると布団に潜っている女が二人ほどおり、寝息を立てていた。

 


ひゐろは風呂敷の荷物を置いた後、そっと立ち去ろうとすると、

「……誰? 新しい人?」

と布団から声がした。

 


「いえ、一週間ばかりこちらに世話になる者です」

その女は布団から起き出し、おもむろに綿入れに袖を通した。

 


「昨日、小夜から聞いたわ。あなた、ここの主人のなの?」

 


「……小夜さん?あぁ昨日の仲居さんですね。のわけがありません!なら、仲居部屋に私を置かないでしょう。『貸家を探しているから』とご主人に事情を話し、ご親切にしていただけにすぎません」

 


「ふうん。まぁどういう事情か知らないけどさ。ここの主人は、も多いみたいだから」

女はひゐろの顔を見ず、を出して寝ぼけ眼で髪を整えはじめた。

 


「短い間ですが、よろしくお願いします」

ひゐろはそう告げて、そそくさと女中部屋を出ていった。

 


再びの前を通り、ひゐろは男に声をかけた。